親優先、子優先

 それから、Mちゃん夫妻+Tちゃん、Aさん夫妻+Sくん、そしてぼくらふたり、8人でテーブルを囲んでワイワイガヤガヤ。
 もちろん、そうなることは予想していたけれど、TちゃんもSくんもまだ生まれて6ヶ月とかだし、Mちゃん夫妻もAさん夫妻もそれぞれの子どもがかわいくて仕方がないから、話はどうしたって、子ども中心の、そして、親という立場中心の話になる。それは、とてもおもしろくもあり、興味津々でもあり、何年後かにぼくらにとっても役立つ話であるのかもしれない、でも、すこしさみしくもあったりした。とくに、ぼくは、わりとしんどかったので、ずっとぼんやりしていたけれど、Cはどんな気持ちだったんだろうな、と思う。
 ぼくが「さみしかった」というのは、その、話の輪のなかに入れないさみしさではなく、以前会ったときまでは、アホなことばっかり言い合って、笑い合ってのに、そういう空気は流れてこそすれ、みんなが「親」になってしまったということだった。「子」を優先するようになったということ。それは、まったくもって悪いことじゃない。むしろ、良いことだと全面的にぼくは支持するけど。
 「“赤ちゃんことば”にはぜったいにならない」と言っていたらしいMちゃんが、「モーモー(牛)でちゅよー」と言うのと、「ぜったい結婚式の写真なんて年賀状で送らない」と言っていたぼくが、結婚式の写真を年賀状にしたのとは、同じ穴のムジナか。とはいえ、ぼくは、結婚式の写真とはいえ、ハガキにほんの2〜3cmぐらいのふたりの姿を載せただけで、あとは、六甲山の緑、メインだけども。言い訳がましいか。
 今度、会えるのはいつになるだろうか?(とくに北海道のMちゃん夫妻+Tちゃんとは) と思いながら、1時間かけて帰路。電車のなかではずっと寝てた。