メモ(これ、誰にも読まれては困る)
以下を、Facebookの限定公開でUPしようとしたら、文字数を越えているようで、とりあえず。すぐ消すと思う。↓
きょう、処遇改善加算の申請のために、改めてぼくの法人の就業規則を整えていたら、「法人の名誉毀損に関わることは懲戒免職に処する」とあって、このぼくのFacebookのウォールでは、この2年ぐらい、毎晩、ぼくは名誉毀損してきたという自負はあるくらいで、むしろ、よく誰にも訴えられることなく持ちこたえたな(もちろん、ぼくは、そういう訴えに対して、労働基準法をかなりり違反されているという証拠は、Cにもタイムカードの写しを渡しているし、そして、なによりこのFacebook上の出勤&退勤時間のつぶやきが全世界にまざまざと、ぼくの過労を、示すものでもあるだろうけど)、と思ったりもするけれど、その就業規則の条文を考え、評議員会、理事会で通したのは、実質的には、ぼくであり、こういう感覚というのは、所謂、官僚政治と呼ばれる、国レベルでいえば、官僚たちが政治家を動かしている(法律の条文を作成している)と思っても、仕方がないわけで、ぼくも、資料、数字、方針、予想、何をすべきか、ということは、申し訳ないけど、年に数度しか集まらない評議員、理事、それから週に2度しか出勤せず、わかっているのか、単に天下り先の数年間やり過ごせばいいと思っているかの理事長、毎日話をする施設長、そして、もちろん、ぼくらを所管する行政庁、など、そんな無責任な口ばかりの誰よりも「ぼくが知っている。」…というか、知らざるを得なく、だからこそ、こんなにも毎晩遅くまで仕事しなければならないのだと思うけれど、だから、たかが2億足らずの収支を事務、財務を誰よりも知らざるを得ないぼくが思うのだから、逆にいえば、何十兆もの予算を預かる財務省やその他の官僚が「日本はわたしが動かしている」と思うのは当然で、だから、もうアホほど言われてることだとは思うけれど、意志決定の方法よりも、いちばん大事なのは、情報開示と、それを解釈する何も権限のない人たちの能力(と才能と、そのごまかしを見抜くセンス)であり、それなしには、民主的な意志決定の在り方などは、もうこの現代にはまったく通用せず、むしろ、なのに、意志決定の最高機関だと思わされており、且つ責任だけは負わされる、我が弱小社会福祉法人の評議員、理事さんたち、強いて言えば、すべての議員さんたちは、とても気の毒だと思う。
権力や権利があるわけでもないのに、実務者がこうした情報を一手に有してしまう、というのが、この現代のいちばんの問題じゃないのか、とも思うけれど、もっと、実務者は、下僕でよいはすなのに、いつの間にか、すべての判断を下し、後は最高権力者(機関)にOKしか言わせない判断材料をもっていく、というのは、この8年間、振り返れば、ぼくがずっとやってきたことで、でも、たかだか数億の小さな法人の意志決定を動かしたところで、それが、きちんとした「福祉」、あるいは、誰かの幸福(宮澤賢治的な)になっていれば、ぼくは何にでも手を染めて、みんなをだまくらかしてやるけれど、この福祉の世界にももちろんある既得権力の保持や、単なる現状維持、あるいはそれ以下の個々の保身にしか思えない行動ばかりを目にしていると、(ぼくは)そういう、意志決定の最高機関を事務的な知識や資料でだまくらかす理由もなくなり、失望し、ぼくらを含め、みんなが納めた税金を、間接的にもらってる身として、自分自身が、そういうお金で生活をしていくのが恥ずかしく、それを我が息子に引き継ぐのも申し訳なく、だから、ぼくは、自分で何かを始めようと決めたのだった。
スマフォで、↑の文章入力、しんどい。
さて、あー、もう2時。