地下鉄大日駅
きょうは、朝から、火災保険の見積もり前の、建物評価について、A損保の担当者と協議。「建物に使用されている不燃材料の割合は何%ですか?」とか訊かれても、もちろん即答できなかった。
昼から、ずっと会議。14時から20時近くまで。途中休憩したのは、18時ぐらいに10分だけ。あとは、ひたすらしゃべっていた、確認していた、考えていた、聞いていた。ほんとに疲れた。
帰りは、また『夕子ちゃんの近道 (講談社文庫)』を読んで。
谷町線の下り、守口駅で降りても、まだたくさんの人が乗車していた。以前は、こんなことはなかったように思う。以前、と、いっても、ぼくが子どもの頃の話だから、20年以上前の話だけれど。
なにせ、守口の次の駅の大日駅には、ほんとに何もなかったからだ、ジャガーミシンと、象印だったか、SHARPだったか、SANYOだったかの工場しかなかった。その工場たちが、不景気やら、海外移転やら、よくわからないけれど、全部なくなって、そこにイオンが建ち、そして、高層マンションが建った。
きょうの乗客たちも、そうした新しい住人のように思う。
20年前、いや、もっと、前、母といっしょに出かけていた頃、母とぼくは、梅田などに出かけた帰り、たまに大日まで地下鉄に乗って、大日からは京阪バスの寝屋川市駅行きに乗って、国道1号線経由で寝屋川の自宅まで帰っていた。
ぼくが、京阪バスに乗りたがったためだ(でも、当時、地下鉄はあまり好きではなかった。窓の外がまったく見えないからだ)。
通常、ぼくの自宅からだと、梅田に行くのなら、京阪電車の寝屋川市駅まで歩くか自転車で行って、そこから、京橋でJRに乗り換え、環状線で大阪駅、もしくは、京阪で淀屋橋まで行って、地下鉄御堂筋線で梅田駅、などが妥当な方法だったと思う(天満橋から、地下鉄谷町線で東梅田もあるか)。でも、当時、地下鉄はあまり好きではなかった。窓の外がまったく見えないからだ。
ただ、ぼくと母は、少しでもいろんな方法を試してみたくて、自宅からバスに乗って地下鉄大日駅、もしくは、守口駅から東梅田、というルートや、自宅から京橋までバスに乗って(当時は、寝屋川市駅→京橋駅行きという路線があった)、京橋から環状線で大阪に行くというルート、さらには、自宅からバスにのって、土居まで行って、そこから大阪市営バスに乗って大阪駅、など、いろんな方法で行った。そして、たいてい帰りは、梅田から淀屋橋駅まで御堂筋を歩いて、座席に座りたいがために、始発駅の京阪淀屋橋駅から寝屋川市駅まで、という感じだった。
ぼくの、いまの、なんと言おうか、いろんな(ほとんど無駄な)ことをやってみることに価値を覚えるのは、そういう母と過ごした時間が素地なのかもしれないな、と思った。