五部林・子/C・母/ぼく・父

 ぼくは、陣痛と陣痛の短い時間の間に、少しずつ撮影体制(三脚を立てたり、レンズを換えたり)しながら、Cの腰を、またひたすらグイグイ押した(おかげで、ビデオに写っている前半の映像は、ぼくの後ろ姿しか映っていない)。助産師のSさんは、Cのお腹の状況や、子宮口の感触を手で確かめたり、肛門を抑えたり(?)していた。
 3時すぎから、部屋の明かりをくらいなかでの分娩。息をゆっくりフー、フー、フー、と吐いたり、そして、深呼吸をしたり。ぼくもCといっしょに大きな呼吸をしていた。
 そして、3:24、破水。
 ぼくも、Sさんも、もちろんCも、プチン、という風船が割れるような音を聞いて、その後、パジャマのズボンが濡れてきた。ズボンを脱いで、下半身にバスタオルをかけて、床に「大きなおしめのような」シート(水分や血液を吸収する)を敷いて、その後の分娩に。
 ここからが、本番だ。
 ぼくは、そう思っていた。この後、何時間もこのような状態が続いて、徐々に、五部林の頭の先から、足のつま先まで出てくるんだと。Cもそう思っていたらしい。
 でも、ぼくらの予想に反して、Cの痛みは、最高潮になっていったようだけど(声の質がここからもかわってきた)、ちょうど、4時になる頃、Cの子宮口から、五部林の頭が出てきたかと思えば(Cも自分自身で頭を触ったし、ぼくも触らせてもらい、また一眼レフで撮影もした)、院長先生から、軽やかな呼吸に変えて、ハァ、ハァ、ハァ、と、という指示があり、そして、Sさんからは「もう頭が出てくるので、全身が出てきたら、股の間から赤ちゃんをくぐらせて、おかあさんに手渡しますからねー」と言われ、ほんとにその数分後には、五部林がするり、とこの世に誕生した。
 股の間から、五部林を受け取り、仰向けになりながら、その手に抱いたCは、「ごぶー!」と言った。ずっとぼくらは、五部林のことを、現実にも「ごぶりん」や「ごぶ」と呼びかけてきたから、その名を誰に気兼ねすることもなく、呼んで、叫んでいた。

 2011年、7月、11日。午前、4時、10分。
 五部林は、誕生した。
 今、ぼくは、そのときの撮影していたビデオ映像を見ながら、書いている。親バカだけど、とても感動的な瞬間で、映像的にもとてもよく撮れている。もちろん、どんな「ドキュメント・出産」的映像よりも。

 4:20頃には、ぼくが、Cと五部林を結んでいた48cmの「へその緒」(母と子の絆)を、はさみでパチリと切った。ものすごい固い感触だった。Cは五部林とやっと正面に向き合い、抱いた。その後、胎盤(ものすごい色、藍色みたいな)やら何やらが、大量の血液とともに(後から聞いた話では400ccほども)、どんどんCの子宮から溢れでてきて、Sさんに胎盤もしっかり見せてもらって(Cは「めがね、とって」と言って、そこで初めてCがそれまでの視界がほとんど見えない0.0×の視力で過ごしていたことに気づいた、ごめん)、お腹にいるとき、五部林がどのように生活していたかも、解説してもらった。

 これが、Cと五部林と、そして、ぼくの、誕生(親になる)直前直後の話。