五部林/C/ぼく

 7月11日。今日。
 ぼくは、もう午前1時になるかならないかの頃には、眠ることを諦め、Cの陣痛間隔を正確に記録することと、そしてその悲痛な叫び声にうなずくこと、うなずきながら、腰(というか、ほとんどお尻あたり)をグイグイ押すとCは幾分楽になっているようだったので、その動作を繰り返した。
 2時前には、もうCの叫び声が明らかに変化し、そして、間隔も約5分と、どんどん狭くなってきた。そして、Cは、その狭い陣痛間隔の間に「もう耐えられへん、岩津さん(助産院)に電話する!」と言い、2時になったぐらいに、ぼくは、駐車場まで車を取りに行き(今、覚えているのは、そんな時間なのに、何人もの人が外を歩いていたこと)、そして、また部屋まで戻ってきて、荷物を抱え(Cの入院セットのほか、ぼくの撮影セット[ビデオカメラ(Canon デジタルビデオカメラ iVIS HF M41 レッド IVISHFM41RD 光学10倍 光学式手ブレ補正 内蔵メモリー32GB)・一眼レフ(Nikon デジタル一眼レフカメラ D5000 レンズキット D5000LK)、その充電器など]も含む)、車に向かう間にも襲うCの陣痛の声にうなずき、Cを車に乗せ、静かに、でも、すばやく車を運転し(道を一本通り過ぎたけど)、岩津助産院に着いたのは、2時半ぐらいだっただろうか。


Nikon デジタル一眼レフカメラ D5000 レンズキット D5000LK

Nikon デジタル一眼レフカメラ D5000 レンズキット D5000LK

 助産院では、院長先生が出迎えてくれた。
 そして、当直のSさん。陣痛のなか、Cは一歩一歩、分娩室(安静室)のある2階への階段を登り(さながら、母になる一歩一歩とでもいうように見えた)、そして、安静室(ベッド以外何もない部屋。もちろんあのおそろしい足を開く分娩台みたいなのは、この助産院には分娩室と呼ばれる部屋にもない)に着くなり、Cにまた陣痛が始まり、そこにあったベッドに手をつき、その上に頭を載せて膝をついて、祈るような体制で陣痛を耐え、しばらくぼくも腰をグイグイやっていたけれど、少し治まったところで、分娩室に連れて行かれ、どうやらなんとなく男子禁制のような雰囲気で、ぼくは、車に残してきた撮影セットを取りに行きつつ、車を駐車場に停め、帰ってきたら院長先生やSさんから「もう、すでに子宮口が7?ぐらい開いてて、五部林の心音も順調。いい陣痛がきてる」って言ってくれ、また安静室に戻ったCは、最初にこの部屋に入ったときと同様、ベッドに手をつき、その上に頭を載せて膝をついて、四つん這いになり、祈るような体制を取り、ひたすら、ほんとうにひたすら訪れてくる陣痛を耐えていた。頼もしかった。