いのちの誕生は、思ったよりもあっけなかった、と言えば、妻(C)に怒られるかもしれない。
ただ、その「あっけなさ」は、すばらしい「あっけなさ」だった。
深く考えすぎ、重く受けとめすぎ、と言われれば、それまでなのかもしれないけれど、ぼくは、この未知だった「いのちの誕生」というものに、良くいえば神秘を、悪くいえば束縛を、目に見えないかたちでの五部林の誕生が判明したときから、喜びや期待とともに、自分の人生のなかの大きな出来事として位置づけてきた。
そして、能登への「父になる旅」などを経て、少しずつ準備を経て、彼の誕生を待ってきたものの、それは、突然訪れた。
