相も変わらず病気がち

 1〜2週間ぐらい前から続いてたのだけど、昨夜(ゆうべ)あたりから、顕著に左下腹部、そして腰が痛くなり、身体も暑さのせいだけではないような、だるさが出てきた。
 ここに書いたかどうか忘れたけど、実は、ぼくは、母が死んで1週間後の6/18(木)、その日からCも休んで、2泊3日で和歌山の海まで母の散骨に出かける予定にしていたのに、その日の朝、目覚めたときに、いやな喉の痛みがあって「これは風邪じゃない予感がする」とCに言って、とりあえず旅行に出かける前に病院で受診してみよう、ということになり、この2月にインフルエンザだと診断されたことのある自宅近くのH耳鼻咽喉科に行ったら、「溶連菌感染症」という、後から調べたら、おもに小さな子どもが罹る感染症だと診断され、そのすぐ直前に、皮膚がえらく荒れて皮膚科に行ったりもしてたのも、実は、その溶連菌が原因だったらしくて「抗生物質を1〜2週間飲んで安静にしておけば、とりあえずは安心」だと医師から言われたものの、医師はまた「唾液などで感染する病気なので、抗生物質を飲み終わり、症状が引くまでは、大皿にもった料理を家族と食べたりしないように」とも言われ、さらには「その症状が引いた後、中には1ヶ月〜2ヶ月ぐらいで、菌が体のなかにまだ残っていて、腎臓などに感染し(腎炎)、重い人では人工透析をしなきゃいけなくなる人もいるから、1ヶ月〜2ヶ月後に血尿とかの症状が出たら、ちゃんと病院に行ってください」とも言われ、それが、ちょうど今ぐらい時期になる。

 もちろん、そのとき、和歌山散骨旅行は中止で、母宅に帰ってからは、どんどん熱が上がってきて、うんうんうなってたんだけど、喉の痛みと熱は2、3日で引いて、その後も10日ほどわりときちんと抗生物質を飲んでいたら、とくに何も気になることはなかったんだけど、もともと、ぼくは血尿体質というか、20代前半辺り、初めて血尿を出したのは、長野の実家に帰っている友人の家に遊びに行くための、東京→長野に向かう「特急あさま」の車内で、そうだ、長野オリンピックの開かれる前年の夏だから*1、1997年のことで、特急列車のトイレのなかで、「もうぼくの人生は終わった」と思い、それからというもの、とくに働き始めてから、何かの具合で(ぼくにとって)ストレスフルな状態が続くと、血尿あるいは尿路結石という症状に陥る。
 だから、ひと月前、医師から「腎臓に感染するかも」ということを耳にしてから、脅えてはいた。
 さて、病院に行くべきか、否か。
 いや、行くべきだろうけど。

 米原万里打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)』(文春文庫)を読みながら、今夜ははやく寝る。

打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)

打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)

*1:なんでこんなふうに覚えているかというと、その翌日、友人宅で疝痛に耐えきれず、友人のお母さんに車で近くの病院まで連れて行ってもらおうとしたのだけど、長野オリンピック前ということもあり、道路が1車線規制されており、結局救急車を呼んだ