妹はいない

 母は自分の人生にフィクションを持ち込むことが大好きな人だった。
 わざとではない、と思う。ある出来事をおもしろく演出して、他人に話しているうちに、それが自分のなかでは事実になってきていたのだと思う。
「人生」とまでいかなくても、日常的にそうだった。子どものころのぼくはそれを「嘘つき!」とか言って怒ったり、大人になってからも「おかあさんの言うこと(自分についての昔話)はアテにならんからなぁ」と言っていて、それを母は断固否定した。

 母が若いときにアメリカのサンフランシスコにひとりで(「姉といっしょに」と聞かされた人もいる)旅して、帰りの船賃がなくなり、教会を渡り歩いて、ホームレスの人と寝泊りしてた、とか言う話だって、サンフランシスコに行ったのは、写真が残ってるからほんとうだと思うけど、その後の話はどうだかわからない。祖母の加護から一歩も出たことのなかった母が、そんな冒険をするとは思えない。
 そういった類の眉唾ものの「冒険譚」はいくらでもあり、それはそれでおもしろいから別に「事実」でも「事実を基にしたフィクション」でもどちらでもいいのだけど、今回、相続手続にあたって、いちばん困ったのが「母にはもうひとり子ども(女の子、ぼくにとっては妹)がいる」という話だった。
IBMのIさんとの間にできた子で、今でもどこかで暮らしている」とか「誰の子かはわからないけれど死産した」とか「父(→Iさんなのか、ぼくの父なのか、それとも別の人なのかわからない)といっしょに交通事故に遭って死んでしまい、そのかなしみに耐え切れず、ぼくを連れて、和歌山だか福井だかの断崖絶壁で身を投げ捨てようとしたこともある」とか、とにかく「妹の存在」を軸に、母の死後、母の友人・知り合いから、ぼくはいろんな話を聞かされることになった。
 相続手続からすると、母の子が、ぼく「ひとり」なのと、妹と「ふたり」なのとでは、相当違いが出てくる話なので、いろんな市役所に行って戸籍をもらうときも、注意して見ていたけれど、結局「妹はいない」ということが、戸籍上は、なんとか判明した。

 でも、どうして母はそんな「妹」話を多くの人に話したのだろう? とは、思う。
 まったくの嘘で、多くの人にそんな話をする必要があるだろうか。
 もしかしたら、どこかで、ぼくともうひとり、母の血をひいた人がいるのかと思うと、すごく会ってみたい(ただ、今更「妹」がいるということが判明したら、ひとりでもものすごく面倒だった相続手続をやり直しということになる)と思う。