「血」のつながり

 「寺子屋」後、前日連絡をもらっていて「イベントはたぶん19時すぎには終わると思うから、終わったら電話する」と言っておいた京橋在住の伯母(母の姉)に平謝りで電話して、21時前に京橋駅前で待ち合わせて、2年前の6/11(偶然にも6/11は母が亡くなった日だ!)にも、そこでぼくと伯母が話した*1京阪百貨店モール京橋店1Fの喫茶店(コカルド ラ・テラス)へ、Cと3人で。
 ぼくは、ずっとなんとかしなきゃと思いつつ、母のあれこれに毎日追われ、伯母と母との確執を解くことができないまま、母が死んですぐ電話して母の死を伝えて、そのときの電話の様子では、来てくれないと思ってたけど、出棺の日の朝来てくれて、CやCのご両親や弟くんにも挨拶してくれて(結婚式には来てくれなかったから、そのときが初対面だった)、伯母は妹である母の亡骸を見て、とくに動揺するようなこともなかったけれど、そして、「わたしが死んでも、おばちゃんには知らせるな」と言っていた母は、ぼくを恨むかなと思ったりしたけど、やっぱり良かったと思うし、この夜も、ゆっくり、ぼくは改めて妻であるCを、唯一の親戚とも言っていい伯母に紹介することができ、そして、伯母からも、2年前にも聞いた話ではあるけれど、子どもの頃の妹との生活や、祖母(伯母や母にとっては母親)とのことなどを聞けて、いろんなことを話せて、最後には伯母から「またいつでも遊びに来(き)ぃや」と言ってもらえたことは、母を許してもらったような(そもそも伯母は母に対して呆れていただけで怒っていなかったかもしれない、とも思ったりする)、そして、妙だけれども、Cはもちろん、Cのご家族もとても暖かくほんとうの家族のようにぼくと接してくれるけれども、「血のつながり」というような、どうでもいいようなことでいえば、ぼくは母を喪って、祖母はまだ元気だけれど認知症でぼくのことはわかったりわからなかったりだし、母と離婚した父も、去年再会して*2つながりはあるけれども、30数年間の隔たりはやはり大きく、「血のつながり」のようなものを父には感じないし、正直、もう天涯孤独だ、なんて思っていたりしたけれども、その夜、伯母から「またいつでも遊びに来(き)ぃや」と言ってもらえたことは、とてもうれしかった。切れていたものが、少しつながったような気がした。

*1:http://d.hatena.ne.jp/subekaraku/20070611

*2:http://d.hatena.ne.jp/subekaraku/20080710