骨壷(骨瓶)
3週間、というと、21日も経ったことにもなるけれど、正直なところまだあんまり「母が死んだ」という実感がない。
骨壷はある。
母が生前希望していたように「和歌山の海に散骨」するため、大小3つの骨壷(骨瓶)が、ある。
テレビの横に。
ただ、母はいない。
この3週間、法的、役所的、世間的、社会的には、すごく忙しかった。
毎日毎日、母のあれこれした用事をしなかった日はなかった。そこらじゅう走り回ったし、挨拶もしたし、頭も下げたし、泣きもした。
もちろん、たくさん笑ったりも。
眠る前の、ほんの少しの間、ものすごくかなしくなって、泣いたりする。
ささいな母との出来事を思い出したり、ぼくが母にできなかったことばかり悔やんだり、ぼくが母から生を受けて35年間、どれだけのものを受けてきたかを思ったり、母が生きて「したかったこと」を想像したりする。
Cとともに、母宅でずっと過ごしているから、母の息がかかったものばかりのなかで過ごしている。
まだほとんど何も片付いてはいない。