かぞく、小説、生活、死。
本日は、2009年1月2日。
今日、Cの父母、そして弟くん、さらにぼくの母が、ぼくらの新居を訪れた。
昨日、1月1日、初めての年越しを迎えたぼくらは、夜中、紅白(「紅白」を見たことさえ、ぼくにとっては、数年来のことであり、年賀状も書いたことも、ほぼ10年ぶりのことだった」)が終わってから、近くの八幡神社に初詣に行き、昼前に目覚め、ぼくとCは母宅に行って、成田山不動尊まで初詣に行った。
んでもって、今日は、初めて、お互いの親を正式に呼ぶということで、「寄せ鍋」の用意をし(ぼくは、ほんとうのところ、朝からノロウイルスに感染したかと思われるほどの体調の悪さだったわけだけれど。ゲーゲー吐いて、ピーピー下していた)、網干から1時間半かけてきてもらえたCのご両親+弟くんをJR学研都市線・徳庵駅まで迎えに行き、一生懸命、新婦の責を担って、さっき、ぼくの母を含めて4人が帰り(母が車で大阪駅までC家族を送ってくれた)、Cはそのまま疲れて「さんまのまんま総集編」を見ながら寝てしまい、ぼくは、なんとなく、PCに、向かって、こうして書いて(打って)いる。
焼酎も、もう、ロックで数え切れないほど呑んで、瓶1本空けた。
ちなみに、今年は、12/31まで仕事で、昨日(1/1)と今日(1/2)、やっと休みが取れて、また明日(1/3)から仕事なわけで。
とてもカオスだ。
とにかくカオスだった。この3ヶ月。
やっぱり、それが、間違いにしろ、世間の常識から遠ざかってたにせよ、(それぞれの)「生活」というものは、それぞれ(少なくともぼくにとっては、そしておそらくCにとっても)「現実」(コスモス)であり、この3ヶ月の戸惑いというのは、何事にも変えがたいストレスフルな日々だったろうと思う。
結婚して、同居して、何が楽しい? 何が嬉しい? 何がぼくにとって(そしてCにとって、)プラス事項だったのか、それをことばにきちんと言語化することは、おそらくおそろしいことなんだと思う。ほとんどそれが「無」だから。
でも、じゃあ、なぜ結婚し、同居し、ひとつ屋根の下「生活」をしているのか。
こたえのうちひとつは、ぼくの場合でいうと、「生活」をしたいからだ。もっといえば「生活小説」を書くためだ。
実感のない小説を、ぼくは善しとしない。じゃあ、このCとの生活は実験なのかといわれれば、そうだともいえるし、そうじゃないともいえる。少なくとも、ぼくは、Cといっしょにいれることを無条件に欲しているから。