実用主義

 まぁ、今日の場合は、それが商品(売り物)だから、店員が敏感になるのは仕方がないにしても、ぼくは、そうやって、バイクとか、そして特に車とか、少し傷が付いたり汚れたりしたぐらいで、ギャースカ言う人の気が知れない。ある意味、気が狂ってるとしか思えない。
 こんなに狭い日本で、そして、ほとんどが狭い道の大阪で、そんな細かい傷やら汚れやらが付くのは当たり前じゃないだろうか。んでもって、休日の度に車を洗車して、それで「車が好き」とか言って自己満足に浸る。
 先日から、少しずつ読んでいる押井守凡人として生きるということ』(幻冬舎新書)に、「本当に車が好きだと言うなら、ガレージでエンジンから組み立てるぐらいのことをしてはどうだ。『車が趣味』とか、『自分の個性』などと主張するなら、せめてその程度には車に没頭してから言うべきだろう。単にカネを出しただけで手に入れたものは、趣味とはとても言えないと思う」(第一章「オヤジ論」)と書いていたけれど、まったく同感。
 でも、それは、車だけではなくて、本好きの世界にも、音楽(CDやレコード)好きの世界にも、カネでモノを手に入れる種類の趣味を公言してる人のなかには、そういう人はたくさんいる。ぼくは古本屋業界に少し足を突っ込んでいたときもあるから、なんとなくわかる。
 そういう意味では、ぼくは、いずれにしても、実用主義、というのか、本だって、CDだって、バイクだって、車だって、読めればいい、聴ければいい、乗れればいい、つまり、最低限、その物体がもつ役割をこなしてくれれば、それでいい。もちろん、見た目も大事。中身はいちばん大事。そして、だからこそ、初期投資は少々かかっても、長持ちするものを買うようにしている。

凡人として生きるということ (幻冬舎新書)

凡人として生きるということ (幻冬舎新書)