初めての「ただいま」
新居に到着したのは、16時すぎで、「ただいまー」と言って、ぼくは新居に入った。
それから、大急ぎで部屋のあらゆる部分の寸法をメジャーで測った。
ぼくがメジャー係、そしてCが大きく拡大した間取り図にそれを記入する係だった。
その後、ふたりして、部屋の写真をパチパチ撮影。
ほんとにほんとにぼくらにはもったいないほどの部屋だと思いながら。
んで、ぼくがとくに気に入ったのは、リビングにある小さな小窓(今日の画像↑)。ベランダに面した、もっと大きな窓というかガラス戸がリビングにはあるのだけど、なにか、この小さな小窓、あるいはこの小窓から見える風景が、ぼくとCが、なんらかの危機に陥ったときに、それを救ってくれる、という予感がした。
その後、午前中、挨拶に伺った際に留守だったお宅を、再度訪問するが、またどのお宅も留守で、17時すぎ、新居を出る。
天王寺に到着したのは、18時すぎ、それから20時半までひたすらケツコン式の引出物関連作業。疲れた。
その作業中、留守だった、ぼくの実家(のあった場所)の向かいに住んでいたHさんからケータイに電話があり、いろいろと話す。「あんたからの手紙は読んでたんやけどな、なかなかどう言うて連絡したらええかわからんかってん。ごめんな」と。そして、ケツコン式のある10月は、Hさんは胆石の手術で入院予定らしく、欠席したいということだった。Hさんももうおそらく70代後半で、ある意味、寝屋川から遠い六甲山ホテルまで来てもらうのは気の毒だとも思ったから、全然気にならなかった。
「でも、時間があったら、嫁さん連れて来(き)ぃや。おっちゃん(数年前亡くなった、ある意味、幼いころのぼくの父代わりだった人)も待ってるで。お祝いだけはさせてもらいたいし」とHさんは言ってくれて、後は、ぼくの実家が解体され更地になったときは「涙が止まらんかったで。近所の人も集まって壊されるのをみんなで見とったんやで」と言ってくれたり、「お母さんの具合はどうや。病気に負けたらあかんって言うといてや」とか「あんたは、ようわかってると思うけど、結婚したら何があっても別れたらあかんで。とくに子どもが生まれたら、その子どもにあんたと同じようなさみしい思いをさせることになるんやからな。それだけは約束してや」とか、ほんとに色んなことを言ってくれて嬉しかった。「また、前もって電話して、ちゃんとおばちゃんのおるときに、必ずふたりで挨拶に行くわ。ありがとう」と言って、ぼくは電話を切った。


