空中庭園にて−3/ひとり×ひとり
ぼくは、前にこの「ぐるりのこと。」を観たいとここで書いたとき、この作品を特集していた「広告批評 326号(2008年5月号) (326)」に触れつつ、
それにしても、ひとつ、気にかかっているのは、ぼくは「ぐるりのこと。」を、Cと観たいと思っている。ケツコンを控えたふたりが観て、ケツコンを避けようと思わないだろうか。いや、きっと、橋口亮輔ならそれを越える何かを撮ってくれているものだと期待しているけど。
と書いた*1。
それは、まず鬱病患者(ぼく)との生活にCが不安を持たないか? という、おそらくそんなことはわかりきっている彼女にとってはとても浅はかで失礼な心配なのだけど、正直、もっとこの作品のなかでは鬱というものが描かれていると思っていたし(逆にそこが淡々と描かれていたことは、鬱病患者のぼくにとっては作品に対する不満要素でもある)、過去に、この作品で描かれていた以上の鬱状態を何度かぼくはCに見せていたから、大丈夫だったと思う。
でも、それよりも、彼女が真っ先に口に出した「とにかく退屈だった」という感想にあるとおり、おそらく、ぼくはケツコン生活だって、最初は良くも悪くもいろんな事件や出来事が、それこそ最近のテレビドラマのように起こることだろうと思うけど、おそらくすぐに「とにかく退屈」という日々がやってくると思う。それは、ある意味「平穏な生活」とも言い換えられるかもしれないけど、ケツコン「式」について、どんなふうに彼女が期待や夢や諦めを持っているのかということは、だんだんとわかってきたものの(これはお互いに、だろうけど)、ケツコン「生活」というものに、どこまで彼女が期待や夢や諦めを持っているかはまだ正直わからなかった。
それが、橋口亮輔作品ということで、ぼくは観る前からだいたい予想は付いていた、彼女にとって(おそらく)「退屈」だろう、この作品を観て、「『とにかく退屈』という日々」に対する何かが彼女に不安の影を落とさないか、ということが、ちょっと気がかりではあった。
けれど、それも彼女は、その空中庭園で「淡々とした日常が続くってことが、あの映画では大事なんやね」とも言ってくれて、逆にぼくが「『とにかく退屈』という日々」に対しては覚悟ができていたものの、「門限とか、いろんなことを決めたりしなければならない」とか「彼女だけではなく、彼女の親や親類たちにまで気を遣わないといけなくなる」とか、なんかこういうことは絶対怒られるから口に出さなかったけど、ぼくとCにたとえ子どもが授かったとしても(ぼくが原因で不妊治療をしなければならない気さえしている)、たぶん何かしらの「不運」を背負って産まれるか産まれてこない気がする、といった、そういう大前提のことで、ぐったりして不安になっていたから、すごく勇気づけられた。
ケツコンというものは、やっぱり、「ひとり+ひとり=ふたり」ではなく、「ひとり×ひとり=ふたり以上」なのかもしれない、と、ぼくは、この作品を観て素直にそう思えた。
そして、でも、きっと、そこに非日常的な事件や出来事は望む/望まないに関わらず、ぼくらに降り注いでくるのだということも、それはもう神様か仏様に祈るしかどうしようもないことだろうけど、作中でリリーさん演じる夫がいうところの「残念」は起こってしまうのかもしれない、ということも、少しだけ覚悟できた。
うん、予想どおり、それを越える何かを撮ってくれていたよ、橋口監督。
それでも、なんだろう、あまり覚えてないにしても、前作「ハッシュ!」とはまた違う、より日常に近い物語だったかも*2。

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