関係カテゴライズ

 15時前、ぼくをトーキョーからこのハリマに呼んでくれた、加東市滝野にある予備校時代の友人OMくん宅へ。
 京都から来ていたOくんとOMくんが、予備校時代からの友人で、OくんとOMくんは京都の同じ大学に通っていた仲でもある。
 OMくんは、ちょうどぼくがハリマを去る直前に結婚し、今は子どもも生まれ、奥さんと3人で大きな一軒家に住んでいる。
 ぼくは、OMくんと会うのはハリマを去って以来だったから、4年ぶりだった。
 その後、数時間、OくんとOMくん、Yさん(OMくんの奥さん)、YOくん(ふたりの子ども。2才2ヶ月の男の子)、C、そしてぼく、の6人で、おしゃべり。OMくん、Yさんにも、改めて、ぼくとCの結婚報告。
 プロポーズのことばを言わされたり、聞いたり、お互いの好きなところを言わされたり、聞いたり、過去の女性関係の暴露し合いをしたり、と、なかなか楽しかった。
 でも、いちばん印象的だったのが、Yさんが「●●ちゃん(ぼくのこと)とM(OMくん)は親友なん?」と訊き、続けて「Mの友だちって誰、親友って誰?」と結婚して4年も経ち、子どもまでいる夫に対し、どんどん質問を投げかけてたときで、ぼくとOMくんは、そのとき、お互いが顔を見合わせて苦笑しただけで何も答えられなかったし、そういう「親友」とか「友だち」とか、たぶん、Oくんも含めて、ぼくらには不似合いなことばで、そうした関係をカテゴライズすることばを、ぼくらはずっと避けてきているのだなぁ、ということが、3人とも、いや、少なくともぼくは、改めて意識した。
 それは、ぼくらが出会ったのが、“ふつう”の予備校ではなく、大検受験のための、というか、高校中退者のための、というか、不登校者のための、みたいなところだったのがキーワードで、そこで出会ったときには、ぼくらは、そういう“ふつう”からのカテゴライズ(の強要)にほとほと疲れてやってきていたし、そこからどうやっていくか、ということを話していたし、そこからなんとかやってきたのが、出会って15年以上経った「今」だった。

 18時すぎ、OMくん宅を後にして、ぼくは、CとOくんにお願いして、ぼくがハリマにいるときに住んでいた西脇市の「ライオン屋敷」(お風呂にライオンの頭の吹出口〔上の画像参照〕があったから、そう呼んでいた*1)に寄ってもらった。
 そうして、ライオン屋敷↓を訪れてみると、誰か別の人が住んでいた。なんだか不思議な気分だった。

 その後、ついでだからということで、Cが大学時代から7年間も住んでいた、千鳥川沿いのアパートにも寄ったりして、帰阪。なんだかんだでCとOくんを阪急高槻市駅に下ろしたのは、20時前になっていた。
 それから、高槻まで出かけていた母を向かえに行き、ぼくもまた阪急高槻市駅で下ろしてもらい、ぼくはそのまま武庫之荘のC宅へ行くため、母と別れた。

 C宅に着いたのが、22時前で、そこから遅い夕食(やしろの森公園でもらったアイガモ米、さすがおいしかった!)を摂り、ふたりとも疲れてすぐ就寝。
 思い出の場所めぐり、みたいな1日だった。でも、とてもよかった。運転疲れた。

*1:http://popoto.jugem.jp/?eid=333