大事なものは“言わぬが花”

 そして、合評が終わり、最後の質疑応答みたいな時間を迎えて、ある人がこんな質問をした。
「『わたくし率イン歯ー、または世界』と『乳と卵』では、まったく違う書かれ方がしているように思う。それは、『わたくし率』では徹底的に書き尽くされている感じがするのに、『乳と卵』では、ものすごくすっきりしている感じがする。それは、どうしてか?」というような。
 川上さんはその質問に対し「多和田葉子の文書を書き写してみたりして、見えてきた自分の「作家のヴォイス」(自分が書かなければいられないもの)は『自分で選びとりようのないもの』『身体』とか、そういうものについて書きたい、書かずにはいられないものはそれだ、というように思って、なおかつそれを書いて書いて書き尽くしてやろうと思いながら『わたくし率』を書いたのだけど、それが作品になってみると、実際、そんなに読まれなかった(手応えがなかった)。そして、じゃあ、それなら『大事なものは“言わぬが花”』というように思って、自分の「作家のヴォイス」は保ったまま、書き尽くすとはまったく逆の方向性で書いてみたのが『乳と卵』で、そうしたら、それがたまたま芥川賞を獲っちゃったみたいな感じです」というような応えをしていて、ふーむ、なるほどなぁ、とぼくは、その流れはなかなか興味深いと思ったし、そこで川上さんは、

「読者が小説に求めているものというのは、“徹底的な保留”なんだと思った」

とも言っていて、それにも、ぼくは、ふーむ、ふーむ、と思ったりした。

乳と卵

乳と卵