自分語翻訳合評

 そして、いよいよ、「課題」の合評に入った。
 繰り返すことになるけれど、川上さんから出された課題とは、「村上春樹羊をめぐる冒険〈上〉』のある部分を「自分語に翻訳」する」というもので、そのある部分とは、以下のとおり(なんか、引用しちゃっていいのかどうかわからない迷いがあるんだけど。これはいいよね、だって村上春樹の文章なんだから)。

 一九七〇年十一月二十五日のあの奇妙な午後を、僕は今でもはっきりと覚えている。強い雨に叩き落された銀杏の葉が、雑木林にはさまれた小路を干上がった川のように黄色く染めていた。僕と彼女はコートのポケットに両手をつっこんだまま、そんな道をぐるぐると歩きまわった。落ち葉を踏む二人の靴音と鋭い鳥の声の他には何もなかった。
「あなたはいったい何を抱えこんでいるの」と彼女が突然僕に訊ねた。
「たいしたことじゃないよ」と僕は言った。
 彼女は少し先に進んでから道ばたに腰を下ろし、煙草をふかした。僕もその隣に並んで腰を下ろした。
「いつも嫌な夢を見るの?」
「よく嫌な夢を見るよ。大抵は自動販売機の釣り銭が出てこない夢だけどね」
 彼女は笑って僕の膝に手のひらを置き、それからひっこめた。
「きっとあまりしゃべりたくないのね?」
「きっとうまくしゃべれないことなんだ」

             ★ 

「べつに心を閉じてるつもりはないんだ」と僕は少し間をおいて言った。「何が起こったのか自分でもまだうまくつかめないだけなんだよ。僕はいろんなことをできるだけ公平につかみたいと思っている。必要以上に誇張したり、必要以上に現実的になったりしたくない。でもそれには時間がかかるんだ」
「どれくらいの時間?」
 僕は首を振った。「わからないよ。一年で済むかもしれないし、十年かかるかもしれない」
 彼女は小枝を地面に捨て、立ち上がってコートについた枯れ草を払った。「ねえ、十年って永遠みたいだと思わない?」
「そうだね」と僕は言った。

 ぼくはこの文章を読んで、「まさしく村上春樹文体で、村上春樹村上春樹たる所以を色濃く反映している部分で、なかなか難しい課題だ」と思ったけれど、この部分を、ぼくら参加者はそれぞれ「自分語に翻訳」するということをしてみた。
 ここでいう「自分語に翻訳」というのは、川上さんから事前に言われていたのは、「雰囲気としましてはレーモン・クノーの「文体練習」に近いもの」であり、「引用文に書かれてある事実(例えば日付、書かれてあるおおまかな内容」を踏まえてさえすれば、あとは「改行も脚色も想像も」自由、というようなもので、総勢40名超いたワークショップの参加者のなかから、いろんなタイプに分けて、川上さんが選んだのは、6作ぐらいで、ぼくはそれぞれすごくおもしろく読んだ。三人称にしたり、不倫している女の子の話にしたり、この引用した部分では、「ねえ、十年って永遠みたいだと思わない?」という文がかなりグッとくる感じなのだけど、その「十年」をボーン、と飛び越えて「三十五年後」ぐらいになってたり、いろんな話があった。

文体練習

文体練習

 ちなみに「文体練習」といえば、ずいぶん前(2006年10月)に「TV Bros.」の豊崎(由美)さんの書評で「金の斧」に挙げられていたマット・マドン『コミック 文体練習』(国書刊行会)も読みたい、読みたいと思っていたことを思い出した。

コミック 文体練習

コミック 文体練習

 んで、実は、ぼくの書いた作品も選ばれており、それは、以下のようなもの。
 さっきも書いたように、ぼくは、「課題」を2つ書いた。(1)が夜2時から朝6時にかけて書いたもの。(2)が、「あんなのは全然<ぼく語>なんかじゃない!」と、ガバッと布団から飛び出して、洗濯をしながら、寝起きの朝10時に1時間弱で書いたもの。

(1)

 秋だった。まぎれもない秋だった。
 吉川さんと別れて、自宅近くのいつもの定食屋で夕食(鯖の味噌煮定食)を摂っていたとき、テレビでは、これから日本の文学を牽引し、ノーベル文学賞候補にもなっていたMという作家が、市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で割腹自殺を遂げた、というニュースが盛んに流れていて、そのこともよく覚えているから、あの午後、彼女と最後に話をしたのは秋で、正確にいえば、日付は、一九七〇(昭和四十五)年十一月二十五日だ。
 何ヶ月ぶりかに会った吉川さんは、あと数週間後に結婚を控えている女性、というふうには到底見えず、あえて言うなら「みすぼらしい」恰好をしていた。彼女の夫になるのは、ぼくと同級生で先に卒業した清水という男だ。
 彼女とよく話をしていたころ、いつも待ち合わせに使っていた戸張駅近くの喫茶店で、ドアを開けるベルが鳴り読んでいた本から目を上げたぼくに映ったのは、以前の彼女ではなかった。でも、もしかしたら、吉川さんもぼくを見て、そう思ったかもしれない。
「久しぶり、」と言いながら、吉川さんはぼくの前の席に座り、コートを脱いでいる彼女に、ぼくも「久しぶり」と声をかけた。ぼくは、飲みかけていたコーヒーを一気に飲み干し、彼女の分とコーヒーを一杯ずつ注文した。
「会えないかな」と、吉川さんから電話があったのは三日前で、そのときに彼女が結婚を控えていることも聞いた。
 でも、彼女はその喫茶店でひと言も話さなかった。
 コーヒーを飲み終えると、ぼくらは、そこから数分ほどの戸張中央公園に向かった。
 一昨日、昨日、そして今日の明け方まで長く降り続いた強い雨に打たれて散った黄色い銀杏の葉が、公園のあたり一面を被っていて、風はなかったけれど、澄んだ空気はもう冬のそれで、寒いと思えるほどだった。そのなかをぼくと吉川さんは、やっぱりずっと黙って、並んで歩いた。ふたりともコートのポケットに手を入れて。
 戸張中央公園は、かなり広い公園だった。もうそろそろ一周してしまいそうなところで、彼女はふと立ち止まり、突然、ぼくに言った。
「田村くん、何考えてる?」名前も知らない鳥がどこかでキィーッ、と鳴いた。
「とくに何も考えてないよ」とぼくは答えた。
 吉川さんは、少し先にあったベンチに腰を下ろし、タバコを吸い始めた。ぼくもその隣に座って、公園の中央にある噴水を見ていた。
「よく嫌な夢を見たりする?」
「嫌な夢。うん、よく見るよ。寝坊して、今年こそは単位を取らなきゃいけない一限のロシア語の授業に間に合わなくて、あー、また今年も留年か、って思う夢。すごく嫌な夢」
 彼女はタバコの煙りを吹きながら笑って、ぼくの膝にそっと手のひらを置いて、それからまたすぐその手をポケットに戻した。
「田村くんは、誰にでもあまり自分のことを話さない人だもんね」
「自分のことはうまく話せないし、それから、話してもいつも誤解されることが多いんだ」

                   @ @ @ 

「だからといって、べつに話さないと決めてるわけじゃなくって」と、ぼくは吹き出す噴水を見ながら言った。「自分自身のことだけじゃないよ。吉川さんのことも、清水のことも、例えば、さっきの自分が見てる夢のことも、世の中に起こってることについても、何かを感じているんだけど、それを口に出そうとすると、自分でも白けるようなことばとか、全然その感じたことと違うようなことばしか頭に思い浮かんでこない。偉そうなことを言えば、ぼくは、いろんなことをできるだけ平等にっていうと、ちょっと違うけど、うん、公平な感じで見たり聞いたり、そして話したりしたいと思ってる。ぼくはもう、いま世の中に溢れてることばにはうんざりしていて、そのことばでしか話せない自分にもうんざりしてる。すごく大袈裟だったり、すごく言いくるめられているような気がしたり、逆に、さもみんな裏も表もよくわかってる感じで、すごく現実的な物言いだったり。だから、とりあえずは、自分のそういうところをいったん洗い流してみたいんだ。でも、それには、すごく時間がかかる」
「どれくらい?」
ぼくは目を閉じた。「わからない。全然。ひと月、いや、一年で済むかもしれないし、一生かかるかもしれない」
 吉川さんは、ベンチの足でタバコの火を揉み消し、フーッ、と、煙りを吐きながら立ち上がった。
「一生か。でも、一生って、永遠ってことじゃないよね?」と彼女は振り返って言った。
「そうだね、永遠じゃない」と、ぼくは吉川さんの目を見てうなずいた。


(2)

田村友明くん江

 前略、昨日はどうもありがとう。
 すごく迷ったけれど、田村くんと久しぶりに会って、ゆっくり話ができたこと、やっぱりとても良かったし、嬉しかったと思っています。ありがとう。
 昨日、あれから帰って、家の人が見てるテレビを覗いたら、三島由紀夫が市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で割腹自殺を遂げたって、うるさいほどに何度も報じていました。わたしたちが、公園で話をしている最中に、そういうことが起こっていたなんて、なんだか象徴的な気がします。わたしは、三島由紀夫という人の作品なんてほとんど読んだことがないし、でも、きっと、田村くんが昨日言ってた「誠実さ」みたいなものに関して、彼は彼なりに、その「誠実さ」を全うしたくて、そして、他の人たちにもそれを伝えたくて、ああいうことをしたのではないかな、と、そんなふうに思いました。
 雨上がりに歩いた昨日の寒い公園で、田村くんがあんなふうに自分のことを話してくれたことは、銀杏の落ち葉で公園が黄色一色になるほど染められていたことと同じくらい驚いて、そしてたぶん、あの景色とともに、わたしは忘れないと思います。
 いつからか田村くんは、わたしといても、そして、たぶん他の誰といてもそうだったのだと思いたいけれど、口数が減り、何か大きな荷物をひとりで背負っているように、また、起きていても悪夢にうなされているように見えていました。昨日、わたしは思いきって、「何を考えているの?」、「よく嫌な夢を見たりする?」と訊いたとき、田村くんが「寝坊してロシア語の授業に遅れて、留年する夢をよく見る」と答えてくれたことは、少し安心しました。安心っていうのもおかしいけど、田村くんに、まだ、ユーモア(わたしは田村くんのユーモアが大好きです)みたいなものが残ってくれているんだと思ったから。

 田村くんがその後言った「自分のことはうまく話せないし、それから、話してもいつも誤解されることが多い。でも、べつに話さないと決めてるわけじゃない」ってこと、その理由が、田村くんが田村くんなりに、わたしに対しても、他の誰かに対しても、世の中のことについても、それから田村くん自身に対しても、誠実でありたい、思い上がりたくない、と思っている(もっと違うことばで話してくれたと思うけど、今のわたしにはそういうことになってしまっています。ごめんなさい)ということ、そして、今はそれを洗濯する(これももっと違う言い方をしていましたね)時期なんだ、と「誠実に」伝えてくれたこと、わたしはほんとうに嬉しかった。
 そして、わたしが、その「洗濯」には「どれくらい時間がかかりそうか?」と訊いたとき、田村くんから「ひと月、いや、一年、いや、一生かかるかもしれない」というような応えが返ってきたとき、わたしは一生かかっても、それが終わるものであるのなら、とても素晴らしいことだと思えたけど、田村くんのその言い方はちょっとやっぱり人(わたしも含めて)を遠ざけている言い方に感じてしまって「一生って、永遠ってことじゃないよね?」って、ちょっと意地悪く言ってしまったけど、そのとき田村くんが「そうだね、永遠じゃない」と、昨日初めてわたしの目を見てうなずいてくれたことは、わたしの言いたかったことが伝わったんだと、勝手に思っています。

 でも、田村くん。
 わたしは、あなたがその「誠実さ」を見失っていたために、あなたが大切だと思っているいろんなものを喪ったり、誰かにひどい傷を負わせたりしてしまったと考えているようだけど、わたしは以前の田村くんにもその「誠実さ」はきちんとあったし、少なくともわたしはそれをきちんと感じとっていたつもりで、尊敬さえしていたぐらい。
 そして、今、田村くんがもっと「誠実でありたい」と言うとき、それは逆にこれまでにもあった田村くんの「誠実さ」を弱めていく気もするし、より田村くんが大切だと思っているいろんなものを遠ざけていくような気もする。かなしいことだけれど。
 ただ、田村くんは頑固だから、わたしの忠告に耳を貸してもそれをやめようとはしないと思います。でも、あなたはとても器用で頭の良い人だから、きっと大丈夫だとも思う。

 妙なことをたくさん書いてしまいました。ごめんなさい。とにかく昨日はありがとう。
 またしばらく会えなくなっちゃうかもしれませんが、また会う日まで、元気で。

十一月二十六日                                            
                                吉川小枝子拝

 どちらにしても長い。
 これがある種<ぼく語>の特徴だとは思うけど、ワークショップの合評作として選ばれたのは、(もちろん?)(2)の方だった。
 (1)は、長い時間をかけて、ほんとに村上春樹の「翻訳」をしただけで、(2)は、ある意味、その返答みたいなものとして書いたわけなんだけど、「あんなのは全然<ぼく語>なんかじゃない!」と、ガバッと布団から飛び出して書いたきっかけとしては、<ぼく語>=「手紙文」だということを完璧に失念していたからで、もちろん(2)を書けたのは、(1)に費やした時間があってこそのことではあるにしても、そう、ぼくのぼく足る所以は「手紙」なのだと思ってる。自分では。
 この作品に対しての川上さんの合評は「この文章って、実は最初の『昨日はどうもありがとう』と、最後の『また会う日まで、元気で』の2文で済む話だよね」というもので、そう言われてみればその通りだな、と思った。
 このそれぞれの作品は、書いた人の名前は書かれてなくて、「翻訳文」しかない。だから誰が書いたものかということはわかっていないし(たぶん、川上さんもわかってない。自己紹介をしたわけでもないし、2日間の4時間で名前と顔が一致するはずもない)、そしてもちろん、ぼくも含めて合評作として選ばれた人も「これはわたしの作品です」とか言わなくて、ぼくは、これが自分が書いたものだとわかっていながら、川上さんにいろいろと言われるのは楽しかった。でも、他の参加者の人はあんまり何も言ってくれなかったけど。
 そう、そして、「2文で済む話」の他には、ものすごく「個人的な話になっている」ということや、そのことと関連して、「コンビニやファミレスで隣に座った人が話している内容を聞くときの興味、おもしろさに似たものが読める」とか「他人の日記を覗き見しているようだ」とか、「まったくのフィクションではない感じ」があるとか、そういうものだった。
 ただ、いちばん嬉しかったのは、村上春樹の原文の冒頭にある「一九七〇年十一月二十五日のあの奇妙な午後を…」の箇所で「奇妙」と書いているけれど(そして、村上春樹はよくこういう書き方をする)、実際、原文には「なんで奇妙なのか?」という具体的なことはまったく書かれていない。でも、「奇妙」。川上さん曰く「その『奇妙さ』をうまく拡大した文章だ」と言われたことだった。

 さて、みなさんは、どう思いますか?

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)

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羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)

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