巣立つことへの躊躇

 いつも読んでいる読売新聞の「人生案内」で「『学校という組織怖い』不登校に」という相談を読んだ。
 中学生の娘が、昨秋からだんだん学校へ行けなくなり、ここ3か月は家で過ごしており、医師の診断は「うつ病」だということ。友人と外出したり、家族との外食も可能。ただ、朝になると学校に行けず、 訳を聞くと、「学校という大きな組織が怖い」と答える娘。
 この相談に関し、精神科医の野村総一郎は、

不登校は一見したところ理由がはっきりしないことも多い。そういう場合、うつ病が原因ではないかと思われることも確かにあるんですが、お嬢さんの場合、カラオケやゲーム、買い物ができているし、ちょっとうつ病らしくない。

と答え、さらに

ひどいいじめなどがあれば別ですが、不登校の背景にある心理として最も多いのは、親離れに対する不安なんです。つまり最初に接する社会である学校に漠然となじめず、巣立つことへの躊躇(ちゅうちょ)です。「学校という大きな組織が怖い」という言葉からは、それが感じられますが、これは大人の読みすぎかもしれない。もう少しこのコトバの意味するところを明確化したいですね

 と、続ける。
 むー、確かに。ぼくは先日、自分の不登校体験を振り返って「中核に鬱があった」なんて書いたけど、現在も含めて、それ以後の自分を思い返してみると、確かにそれは鬱との関連はあり、どちらが先でどちらが後か、そんなことはどうでも良いにしても、「親離れに対する不安」と「社会」「に漠然となじめず、巣立つことへの躊躇」という強い思いがあったのかもしれない。
 社会人になってからの鬱は、まさしく「オトナになんかなりたくない(そもそもオトナとはなにかわからない)」、「社会に組み込まれることを頭では理解しつつも、やっぱりどうしてもたじろいでしまう」ことがあり、そういう思いは今だって少なからず続いている。
 じゃあ、どうすれば? それを今探ってる(他の人からすれば「まだ!?」とか言われそうだけど)。