著者の思春期体験=異界体験論は、もちろんものすごく興味深い。
 でも、ぼくがここで本書から長い引用をしたのは、ぼくは、こういうシーンがものすごく、限りなく好きだということ。相米慎二作品とか好きなのもそのせいかも。んで、映画とか、小説とかにこういうシーンがあれば、絶賛すると思う。Aさんの場合でも、「張り子」っていうモチーフが、また良いと思う。
 だから、紹介したかった。
 そして、ぼくは、いつも今でも、日常の中でこういうことを空想する。妄想だと言ってもいい。全部壊れてしまったら、とか、ここで急に〜が〜したら、とか。
 著者の論からすると、ぼくは、たぶん、年がら年中、思春期体験=異界体験を伴いながら生活しているのかもしれない。だから、時折、脳だか心だか身体だかが疲れて鬱になるのかも。
 そして、「難しい」とされる、思春期の内的体験の言語化をぼくはしたい、とも本書を読んで思った。村上春樹の「小説を書くというのは、…多くの部分で自己治癒的な行為であると僕は思います」という発言は、表面的にみれば、オナニーでしかなく、ぼくはそれがオナニーでもOKと思ってる派なのだけど、やっぱりオナニーじゃない「自己治癒的な行為」をしたいと思う。その方法が今もってよくわからないけれど。でも、ずーっとこんなこと言ってるけど、そろそろ潮時なんだ、ぼくも。『ダンス・ダンス・ダンス』の「僕」が「三十四才」であったように。

思春期をめぐる冒険―心理療法と村上春樹の世界 (新潮文庫)

思春期をめぐる冒険―心理療法と村上春樹の世界 (新潮文庫)