井の頭公園のボート

 ところで、本書で紹介されている東京の「いろんな場所」で、ぼくが唯一行ったことがないのは、国会議事堂。行ってみたかったな。以前の仕事では、毎日のように車で前を通り過ぎていたけれど。本書でも出てくるように東京の小中学生は、社会科見学とかで必ず行ったりするもんなんだろうか。
 それから、井の頭公園の回では、“井の頭公園のボートに乗ったカップルは別れる”というノロイがエピソードとして出てくるけど、そんなの「まやかし」だい! と思って乗ったぼくとNさんは、確かに別れたよ。

 藤本由香里は、この作品が岡崎京子の初期作品であるがゆえに、彼女が「それまで愛読してきたであろうマンガの線が直接感じとれる」とし、高野文子などを例に挙げているけれど、「なによりここには、岡崎京子の作品の底にある大島弓子の作品の影響がはっきり見てとれる」と書いている。わざわざ、コマまで指定して。そして「『井の頭公園』が含まれているのも偶然ではない」とか。
 そういう視点からすると、山口百恵邸を探す国立の回では、台詞に「でも、品のいいところよねえ。大島弓子センセのまんがに出てくるよーなお家がいっぱーい。何かお父さんが大学キョージュとかコンサートマスターでさー」というのもあった。
 大島弓子岡崎京子。うん、納得。
 もっと、以前、「切迫感」が増した岡崎作品からずっと過去に遡って、読める全作品を読んでいたころ(1995年から2004年ごろまでの約10年間のぼくのトーキョー時代だ)、ぼくもそう思って、そのことをどこかで書いた。うん、でも、『東方見聞録』は、ストレートな感じでそれが出てるかもしれない。