ふるさと感

 14時すぎ、寝屋川の(元)実家着。
 まずは「お向かいのおばちゃん」に挨拶。ちょうど衣替えの最中だったようで、部屋はひっくり帰っていたが、幼いころ、祖母も母も仕事で夜遅くなるときには、この部屋でご飯をごちそうになったり、眠ったりしていたので、とても懐かしい匂いがした。数年前亡くなった、幼いころ、ぼくの父代わりだったとも言える「おじいちゃん」(おばちゃんのご主人だから「おっちゃん」で良いはずなのに、なぜかみんな「おじいちゃん」と呼んでいた)の仏壇にもご挨拶。
 おばちゃんがコーヒーを入れてくれて、母とぼくと3人でお喋り。「あんた、まだ結婚してへんのかいな?」「おかあさんに反対されとんのとちゃうやろな?」など。照れくさかったけど、とても嬉しかった。「ふるさと」感を少しの間だったけど味わった。
 その後、実家内にて、思い出の品々を詮索。
 先日(9/29)、Cと訪れたときは「もう持って帰るものなんてない」と思っていたけど、やっぱり「これで最後だ」と思うと、アルバムやら幼稚園かばんやらを車に積んだ。母は「見れないかもしれないけど」と8ミリフィルムと映写機を積んでいた。
 そこで、初恋の人が写った写真を見つけた。修学旅行の集合写真(彼女は別のクラスだったから、注文するときは、ほんとにドキドキしたのを覚えてる)なのだけど、ぼくには彼女の写真はそれしかなかった。もう「無いもの」だと思って忘れてしまっていたけれど、こっそりとズボンのポケットに忍ばした。
 16時すぎ、とりあえず荷物を積み終え、ボンヤリしていると、近所の人がワラワラと出て来て、「あらー」とか「おやー」とか「どうしたんー!」とかになる。そして、みんな聞くのは「●●ちゃん、結婚まだなん?」「子どもはおらんの?」という質問。おもしろかった。幼いころいっしょに遊んでいた近所の子ども達は、もうみんな結婚して子どもが何人もいるらしい。すごいな。
 母は、自分が癌に犯されていることを誰にも言わなかった。
 みんな母に「痩せはったんちゃう?」と言っていた。ぼくはほぼ毎日会っているからわからないだけだろうか。むしろ、一時期よりは相当ふっくらしたように思うのだけど。髪の毛がないせいだろうか。
 もうこれで「見納め」になるかもしれない実家だった。来る前は、たくさん写真に残しておこう、母とふたりで撮ろうとか考えてたのに、いざとなるとなぜか全然カメラを構える気になれず、結局1枚も写真は撮らなかった。