べったりしたい、ぼくも

 仕事後、自宅に寄ってCを阪急京都線・上新庄まで送る。内環をひたすら北上。豊里大橋は初めて渡ったような気がする。
 そのまますぐ南下して、母の病院へ。Оさんがお見舞いに来ていた。病室は退院した人や外泊してる人で、母ひとり。ぽつねん、という感じで。Оさんが帰った後、「コーヒーが飲みたい」という母とともに、病院を抜け出すも、いつも行く喫茶店が閉まっていて、仕方がないので近くのお好み焼き屋さんで「喫茶だけなんですけど、いいですか?」と訊いて入る。各自ホットコーヒーを注文。
 隣に座っていた家族(父・母・娘4〜5才)が、いやに静かだなと思ったら、どうやら両親とも耳の聞こえない人で、手話でやりとりしていた。注文もメニューを指差して。娘がやはりしっかりしていた。でも甘えたい盛りの年齢だし、食べながらも、厨房のなかで忙しくしている店のおばさんのところに行って、べったり。いろんな家族がいる。
 母と話していたのは、「希望のない世の中について」みたいなテーマで。ここで言う「希望」とは、お金とかお金がつくり出す将来の安定とか、そういう意味なんだけど。