見えぬものこそ。
午後、目覚めて、昨日借りてきたDVDのうちの1本、宮崎吾朗監督・脚本「ゲド戦記」を見る。
はっきり言って、全く期待していなかった、むしろ「駄作だろう」と予想して見始めたためか、見終えた直後の感想は、逆になかなかの良作だと思えたし、作中に流れる「均衡」というテーマに感動すらした。これをきっとぼくがアーシュラ・K・ル=グウィン・著/清水真砂子・訳『ゲド戦記』の原作を読んでいたら、まったく違う感想になっただろうことは心に留めつつも。
ちょっとその感動を誰かにことばにしてほしくて、先日、仕事帰りの友人に頼んでわざわざ手に入れてもらった、DVD発売に際しての販促フリーペーパー「ゲドを読む。」(糸井重里プロデュース・佐藤可士和デザイン)を読んだ。
以前、この「ゲドを読む。」を友人から手渡してもらった際、最初の中沢新一の文章(「『ゲド戦記』の愉しみ方」)を途中まで読んで、なんだかそれが『ゲド戦記』の紹介ではなく、単なる「人類学って素晴らしいでしょ!」的なものに思えたので辟易して読むのを止めたのだけど、今回、実際の映画を見て、河合隼雄、清水真砂子、上橋菜穂子ら、他の著者のゲド論を含めて全部通して読み始めてみると、この「ゲドを読む。」はなかなかおもしろい1冊の本だということがわかった。
でも、このフリーペーパーのなかで、ぼくがいちばんしっくりきたのが中村うさぎの「見えない言葉−『ゲド戦記』に託されたもの」(別冊宝島『僕たちの好きなゲド戦記』初出)で、
(略)そう、この『ゲド戦記』が全シリーズを通して訴えているのは、「受け容れよ」ということである。人は生きていくうえで、さまざまな「受け容れがたき存在」を受け容れていかなくてはならない。『ゲド戦記』シリーズは、我々が次々に出会う「受け容れがたき存在」を、各話の主人公たちが順を追って受け容れていく物語だ。
という文章が、ぼくが今回、この映画を見て抱いた感想にいちばん近いものだった。
もちろん、ここで中村うさぎが言及しているのはアーシュラ・K・ル=グウィンの『ゲド戦記』原作自身であって、このアニメ映画ではない。彼女の文章を読むと、映画を見ていない段階で書かれたものだということもわかる。でも、ぼくは、彼女曰く「『ゲド戦記』が全シリーズを通して訴えている」もの=「『受け容れよ』ということ」というエッセンスをこの映画から充分受け取ることができた。そして、監督を含めたスタッフが、この途方もなく豊潤な『ゲド戦記』という原作を削りに削って、極めて現在性のある物語に仕上げただろう苦労とその意図もうかがえた。
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