(5/13更新)

 5/1(火)。雨。
 朝8時すぎ起床。
 朝食(ぼくはご飯、母はパン)を食べ、入院に際し忘れ物がないか、もう一度確かめる。
 9時半前、母宅を出る。母が玄関の鍵を閉めた。

 10時前、病院着。
 1Fの入退院受付で事務処理を済ませ、4Fの病棟へ。
 病棟の看護師さんにあいさつをすると、「申し訳ありません。すぐに病室(4人部屋)に入っていただける予定だったのですが、今日退院する方の準備が少し遅れていまして、昼すぎまで『トクシツ』でお過ごし願えますか?」と言われ、ぼくが「『トクシツ』ってなんですか?」と訊いたら「あ、特別室のことです」。
 この病院のなかでいちばん高い(31,500円/日)特別室。広い部屋には、ロッカー・保管箱・テレビ・冷蔵庫・ 電話・洗面台・バス・トイレ・ 応接セット・和室・流し台・電磁調理器などがあり、束の間の贅沢を味わう。特別室がなんともうらやましかったのは、その部屋の大きな窓から、母のマンション、母の部屋のベランダが見えたことだ。
 「トクシツ」で、母はパジャマに着替え、フカフカの布団の上で、「笑っていいとも!」を見ながら昼食を摂り、しばらくボンヤリし、14時ごろ、病室へ移る。
 同じ病室のみなさんにあいさつ。

 その後、麻酔科の診察、同意書署名。
 翌日の手術に関する主治医の説明は、18時ごろという予定だったので、ぼくは母の車の駐車場代を支払いに行った、部屋に忘れ物を取りに行って、その後、Cを最寄の地下鉄の駅まで向かえに行く。
 Cは、その日、仕事を早退して母に会いに来てくれた。
 ずっと前からCのことは母に話していたものの、結局、対面してもらう機会がなかなかなかったのだが、こんなかたちで初対面が訪れるとは、ぼくはもちろん、母もCもまったくもって予想していなかったと思う。
 Cは、母にキーナー社(スイス)の「オルゴール・いも虫」を持ってきてくれた。嬉し。
 後から、母の友人であるTさんに聞いたのだけど、母はこのオルゴールを鳴らしながら(いも虫を引っ張ると音が出る仕組み)、「わたしにもしものことがあったら、あの子は天涯孤独になることが心配やったけど、あの子には今、Cちゃんがいること、そして、そのCちゃんと会えたことは、ものすごく安心した」とそのときのことを語っていたそうだ。
 ふたりに会ってもらってほんとうに良かったと思う。
 最初は、「手術後」という予定だったのだけど、急遽、変更してもらった。

 そうしていると、メーデー帰り(!)のSさんがお見舞いに来てくれた。
 ふたりの方がいいだろうと、ぼくとCは、母宅へ。

 17時半すぎ、母宅を出て、病院へ。
 18時より、主治医のT先生より、明日の手術の説明を受ける。1時間ほど。
 両方の卵巣、子宮は全摘出、そして、卵巣がんの転移が最もよくおこる組織であり、切除しても実害がないらしい「大網(たいもう)」の切除を行なう、さらに、実際、お腹を開いてみてリンパや他の臓器に転移などがあれば、そこも切除する。
 26日の検査結果の説明の際とほぼ変わりない説明だったのだけど、唯一の朗報は、27日に行なったPET検査の結果、身体の他の部位にがん細胞は見当たらなかったということ。
 手術同意書に、母とぼくでサイン。
 「もう、後は“まな板の上にのったコイ”ですから。先生にお任せします」と母。
 病室に戻って夕食。前夜、母が「食べたい」と言っていたイチゴを持ってきていたので、いっしょに食べる。
 20時すぎ、母宅。
 巨人が中日に逆転した瞬間だった。